クラシック音楽へのおさそい〜Blue Sky Label〜

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モーツァルト:交響曲第36番 ハ長調 "Linz" K.425

ワルター指揮 コロンビア交響楽団 1955年4月26&28日録音

  1. モーツァルト:交響曲第36番 ハ長調 「リンツ」 K386 「第1楽章」
  2. モーツァルト:交響曲第36番 ハ長調 「リンツ」 K386 「第2楽章」
  3. モーツァルト:交響曲第36番 ハ長調 「リンツ」 K386 「第3楽章」
  4. モーツァルト:交響曲第36番 ハ長調 「リンツ」 K386 「第4楽章」


わずか4日で仕上げたシンフォニー

1783年の夏にモーツァルトは久しぶりにザルツブルグに帰っています。その帰りにリンツに立ち寄った彼は3週間ほどトゥーン伯爵の邸宅に逗留することとなりました。
そして、到着してすぐに行われた演奏会では、ミヒャエル・ハイドンのシンフォニーに序奏を付け足した作品を演奏しました。実は、すぐに演奏できるような新作のシンフォニーを持っていなかったためにこのような非常手段をとったのですが、後年この作品をモーツァルトの作品と間違って37番という番号が割り振られることになってしまいました。もちろん、この幻の37番シンフォニーはミヒャエル・ハイドンの作品であることは明らかであり、モーツァルトが新しく付け加えた序奏部だけが現在の作品目録に掲載されています。

さて、大変な音楽愛好家であったトゥーン伯爵は、その様な非常手段では満足できなかったようで、次の演奏会のためにモーツァルト自身の新作シンフォニーを注文しました。この要望にこたえて作曲されたのが36番シンフォニーで、このような経緯から「リンツ」という名前を持つようになりました。

ただ、驚くべきは、残された資料などから判断すると、モーツァルトの後期を代表するこの堂々たるシンフォニーがわずか4日で書き上げられたらしいと言うことです。いかにモーツァルトが天才といえども、全く白紙の状態からわずか4日でこのような作品は仕上げられないでしょうから、おそらくは作品の構想はザルツブルグにおいてある程度仕上がっていたとは思われます。とは言え、これもまた天才モーツァルトを彩るには恰好のエピソードの一つといえます。

まず、アダージョの序奏ではじまった作品は、アレグロのこの上もなく明快で快活な第1主題に入ることで見事な効果を演出しています。最近、このような単純で明快、そして快活な姿の中にこそモーツァルトの本質があるのではないかと強く感じるようになってきています。第2楽章のアンダンテも微妙な陰影よりはある種の単純さに貫かれた清明さの方が前面にでています。そしてその様な傾向はメヌエットでも最後のプレスト楽章でも一貫しています。
おそらくは4日で仕上げる必要があったと言うことがその様な単純さをもたらしたのでしょう。しかし、その事が決してマイナスにならないところがモーツァルトの凄いところです。

ワルターのベストはニューヨークフィルとのモノラル録音にあり!!


ワルターといえば一昔前はモーツァルト演奏のスタンダードでした。彼が没したあとにはその地位にベームが「就任」したわけなのですが、そのモーツァルト演奏の素地も、ワルターのもとで修行したミュンヘン歌劇場時代に培ったものでした。
それから時は流れ、古楽器による演奏が一世を風靡する中で、モダン楽器による大編成のオケでモーツァルトを演奏するなんてことは時代錯誤も甚だしいと思われるようになってしまいました。
たしかに、ベームによる交響曲全集を聴くと「鈍重」という言葉を否定しきれませんし、ワルター最晩年のコロンビア響との演奏においても事情は同じです。古楽器演奏は必ずしも好きではないユング君ですが、それでもその洗礼を受けてしまった耳には、彼らの演奏はあまりにも反応が鈍いと思わざるをえません。
問題は低声部の強調にあるのだろうと思います。
とりわけワルターは低声部をしっかりと響かせます。その結果として、土台のしっかりとした厚みのある壮麗な響きを実現しています。
しかし、低声部を担当する楽器というのは小回りはききません。そう言う小回りのきかない鈍重な楽器を強調すれば、それはオケ全体の機能性にとっては大きなマイナスとならざるを得ません。これが、セルとクリーブランドのような「鬼の集団」ならばクリアするのでしょうが、その様なやり方はワルターが好むところではありません。
しかし、ワルターが現役として活躍した50年代前半のモノラル録音を聴くと、同じように低声部はしっかりと響かせながらも、決して「鈍重」なモーツァルトとは感じません。オケはモダン楽器の特性をいかした壮麗な響きを保持しながら、ワルターの棒に機敏に反応しているように聞こえます。結果として音楽は「鈍重」になることなく生き生きとした活力に満ちています。
おそらく、ここに「現役」の指揮者として活動している時と、「引退」した指揮者の「昔語り」との違いがあるのでしょう。

ワルターは戦前のSP盤の時代から、最晩年のステレオ録音の時代まで数多くのモーツァルト演奏を録音として残しています。別のところでも書いたことですが、その長い活動の中で演奏スタイルを大きく変えていったのがワルターの特長です。
そして、その長い活動の中の「昔語り」に属する演奏が、ワルターを代表する業績として世間に広く流布して、それでもって彼の評価がされるようになったということは実に不幸なことでした。これは、ニューヨーク時代のモノラル録音のリリースに積極的でなかったSONYの責任が大きいのですが、それもまたコロンビア響とのステレオ録音を売らんがための戦略だったとすれば悲しいことです。

しかし、幸いなことに、ワルターのモノラル録音のほぼすべてがパブリックドメインの仲間入りを果たしました。今後、ネット上で広く流布することを通してワルターへの再評価が進めばこれほど嬉しいことはありません。

なお、モノラル録音の時代にもオケが「コロンビア交響楽団」となっているものがありますが、これは最晩年のステレオ録音のために特別に編成された「コロンビア交響楽団」とは全く別の団体です。
その実態は明確ではありませんが、おそらくはニューヨークフィルのメンバーを主体にしてそこにメトのメンバーが加わった臨時編成のオケだったと思われます。ちなみに、ステレオ録音を担当した「コロンビア交響楽団」の方はロサンジェルスフィルを主体とした50人程度の小規模なオケだったと言われています。