クラシック音楽へのおさそい〜Blue Sky Label〜

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ヨハン・シュトラウス2世:ワルツと序曲集

ブルーノ・ワルター指揮 コロンビア交響楽団 1956年3月22日~23日録音

  1. ヨハン・シュトラウス2世:「美しく青きドナウ」
  2. ヨハン・シュトラウス2世:「「ジプシー男爵序曲」
  3. ヨハン・シュトラウス2世:「こうもり序曲」
  4. ヨハン・シュトラウス2世:「ウィーンの森の物語
  5. ヨハン・シュトラウス2世:「皇帝円舞曲」
  6. ヨハン・シュトラウス2世:「ウィーン気質」


社交の音楽から芸術作品へ

<収録曲>

  1. ヨハン・シュトラウス2世:「美しく青きドナウ」

  2. ヨハン・シュトラウス2世:「「ジプシー男爵序曲」

  3. ヨハン・シュトラウス2世:「こうもり序曲」

  4. ヨハン・シュトラウス2世:「ウィーンの森の物語

  5. ヨハン・シュトラウス2世:「皇帝円舞曲」

  6. ヨハン・シュトラウス2世:「ウィーン気質」



父は音楽家のヨハン・シュトラウスで、音楽家の厳しさを知る彼は、息子が音楽家になることを強く反対したことは有名なエピソードです。そして、そんなシュトラウスにこっそりと音楽の勉強が出来るように手助けをしたのが母のアンナだと言われています。後年、彼が作曲したアンネンポルカはそんな母に対する感謝と愛情の表れでした。
やがて、父も彼が音楽家となることを渋々認めるのですが、彼が1844年からは15人からなる自らの楽団を組織して好評を博するようになると父の楽団と競合するようになり再び不和となります。しかし、それも46年には和解し、さらに49年の父の死後は二つの楽団を合併させてヨーロッパ各地へ演奏活動を展開するようになる。
彼の膨大なワルツやポルカはその様な演奏活動の中で生み出されたものでした。そんな彼におくられた称号が「ワルツ王」です。
たんなる社交場の音楽にしかすぎなかったワルツを、素晴らしい表現力を兼ね備えた音楽へと成長させた功績は偉大なものがあります。

不思議な演奏


いろいろな意味で不思議な録音です。
まずは録音のクレジット。

ブルーノ・ワルター指揮 コロンビア交響楽団 1956年3月22日?23日録音

ワルターが心臓発作を起こして現役の指揮者として第一線での活動を退いたのは1958年です。その後、引退同然となっていたワルターをCBSが破格の条件で録音活動に引っ張り出してきたのは有名な話ですが、それは60年以降の話です。
ですから、ここでクレジットされている「コロンビア交響楽団」というのは、後のステレオ録音の時にワルター専属のオケとして組織された「コロンビア交響楽団」とは全く別のオケだと思われます。最初は何かのミスかと思ったのですが、あれこれ調べてみても全てオケはコロンビア交響楽団とクレジットされていますし、録音年も1956年です。

このコロンビア交響楽団て何処のオケ?というのが第1の不思議です。
まあ、聞いた感じではニューヨークフィルの名前が何かの都合で出せなかったのかな、と思うのですが詳しいことは分かりませんでした。

<追記:2015年5月30日>
これは私の調べ方が悪かったのと、あまりにも無知なるが故の話でした。
コロンビア交響楽団と言えば最晩年のワルターのために編成されたオケが思い浮かびます。しかし、一般的には、コロンビア交響楽団というのは1950年代から1960年代にかけて、アメリカのコロンビア・レコードのレコード録音のために編成されたオーケストラの名称として用いられています。
もちろんその事は十分に承知していて、例えば実体がセル&クリーブランド管でありながら、レコード会社とオケとの契約上の都合からコロンビア交響楽団と名乗っている事例なども承知していました。
しかし、ワルターとコロンビア交響楽団という組み合わせは最晩年の特別編成されたオケしか思い浮かばなかったので、上記のような頓珍漢なことを書いてしまったのです。少し詳しく調べてみれば分かることですが、ワルターもまた1954年頃から56年にかけてニューヨークで行ったモノラル録音では「コロンビア交響楽団」というオケを使っているのです。あの有名なモーツァルトの交響曲のモノラル録音はニューヨークフィルとコロンビア交響楽団による録音とクレジットされているではないですか!!

当然のことながら、このコロンビア交響楽団とはワルター専属のオケとして編成されたコロンビア交響楽団とは全くの別物です。おそらく、その正体はニューヨークフィルのメンバーを主体とした臨時編成のオケだったと思われますが、それにしても紛らわしい記述であることは間違いありません(・・・って、開き直りかよ!!)。
<追記終わり>

第2の不思議は、いわゆるウィーン風のちょっと崩れた感じはないのですが、聞き進んでいくうちに、何故か黄昏ゆくハプスブルグ帝国の残照のようなものが感じられてくることです。
これよりももっと濃い感じの演奏はいくつもありますし(クレメンス・クラウスとか)、もっとキリッと引き締まった演奏もたくさんあります。(セルやライナー、引き締まりすぎか!)

しかし、そう言う演奏からは、こういう没落していく帝国の「哀しみ」みたいなものはあまり感じません。
もちろん、こんな言い方は文学趣味的に過ぎることはよく分かっていますが、それでは、ワルターの演奏のどういう部分がそう言う感情を聞き手に呼び起こすのか、これが聞いていてもよく分からないのです。ですから、かなり無責任な物言いであることは承知しているのですが、それも含めて第2の不思議です。

もちろん、ここで聞ける音楽は、最晩年の昔語りとしての演奏とは異なる、明らかに現役指揮者だった頃のワルターです。