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バッハ:イギリス組曲 第6番 ニ短調 BWV 811


カークパトリック 1956年5月25日〜6月9日録音をダウンロード

  1. J.S.Bach:English Suite No.6 in D minor, BWV 811 [1.Prelude]
  2. J.S.Bach:English Suite No.6 in D minor, BWV 811 [2.Allemande]
  3. J.S.Bach:English Suite No.6 in D minor, BWV 811 [3.Courante]
  4. J.S.Bach:English Suite No.6 in D minor, BWV 811 [4.Sarabande - Double]
  5. J.S.Bach:English Suite No.6 in D minor, BWV 811 [5.Gavotte1、2]
  6. J.S.Bach:English Suite No.6 in D minor, BWV 811 [6.Gigue]

規模が大きく壮大なクラヴィーア作品



「イギリス組曲」と一般的に呼ばれている作品ですが、この「イギリス云々」という呼称はバッハが名付けたものではありません。彼は、素っ気なく(そう、彼はいつも自分の作品にネーミングするときは素っ気ないのです)「プレリュードつきの組曲」と呼んでいました。それでは、何故にこの組曲が「イギリス組曲」と呼ばれるようになったのかなのですが、これは諸説があって結局は真相は藪の中です。
バッハ自身が「プレリュードつき」と呼んでいるように、すべての作品の冒頭に「プレリュード」がつくというのはバッハ作品としては珍しいことなのですが、この形式は当時のイギリスでは流行っていたためにこの名前がついたという説があります。また、フォルケルという人が書いたバッハの伝記の中に「ある高貴なイギリス人の依頼によって書かれた」と記されているためだという説もあります。実際、息子のクリスティアンが所持していた写譜の中に「イギリス人のためにつくられた」と記されているので結構有力な説なのですが、ではそのイギリス人とは誰なのかと聞かれれば全く手がかりすらありません。果ては、この作品の持つ壮大な雰囲気がイギリス的なのでこの名前がついたという学者もいる始末です。何ともばかばかしく思うのですが、しかしこれまたバッハのあずかり知らぬところで「フランス組曲」と名付けられたもう一つのクラヴィーアのための組曲と比べてみると、確かに片方はフランス的であり、こちらはイギリス的な雰囲気がしないわけでもありません。
ただし、学者先生の研究によると18世紀の終わり頃にはこの名前が広く一般に流通していたそうですから、おそらくは上で述べたどれか一つがと言うのではなくて、それらの「合わせ技」でいつの間にかこの名前が定着したと言うことなのでしょう。

さて、この「プレリュードつきの組曲」のプレリュードなのですが、第1番をのぞけば作品の前置きというよりは明らかに作品のメインと言えるほどに規模が大きく聴き応えがします。使っている音域もフランス組曲よりははるかに広いために、サロンで典雅に演奏すると言うよりは本格的な演奏の腕前を披露するような華やかさがあります。おそらくはフランス組曲はクラヴィコードを想定した作品であったのに対して、イギリス組曲は本格的なチェンバロを想定したものだったのかもしれません。この作品の作曲年代は正確には確定されていませんが、おそらくはケーテンの宮廷に就職した頃だろうと言われています。そして、その時期はバッハが新しいチェンバロを入手して意欲的にクラヴィーアのための作品を発表していく時期と重なります。やはり、バッハも欲しかったものが手にはいるとうれしかったのでしょう。

イギリス組曲 第1番 イ長調 BWV 806
第1曲〜Prelude
第2曲〜Allemande
第3曲〜Courante1、2 Double1、2
第4曲〜Sarabande
第5曲〜Bourree1、2
第6曲〜Gigue
イギリス組曲 第2番 イ短調 BWV 807
第1曲〜Prelude
第2曲〜Allemande
第3曲〜Courante
第4曲〜Sarabande Les agrements de la meme Sarabande
第5曲〜Bourree1、2
第6曲〜Gigue
イギリス組曲 第3番 ト短調 BWV 808
第1曲〜Prelude
第2曲〜Allemande
第3曲〜Courante
第4曲〜Sarabande Les agrements de la meme Sarabande
第5曲〜Gavotte1、2
第6曲〜Gigue
イギリス組曲 第4番 ヘ長調 BWV 809
第1曲〜Prelude
第2曲〜Allemande
第3曲〜Couranet
第4曲〜Sarabande
第5曲〜Menuet1、2
第6曲〜Gigue
イギリス組曲 第5番 ホ短調 BWV 810
第1曲〜Prelude
第2曲〜Allemande
第3曲〜Courante
第4曲〜Sarabande
第5曲〜Passepied1、2
第6曲〜Gigue
イギリス組曲 第6番 ニ短調 BWV 811
第1曲〜Prelude
第2曲〜Allemande
第3曲〜Courante
第4曲〜Sarabande
第5曲〜Double
第6曲〜Gavotte1、2
第7曲〜Gigue


学者としても活躍した人でした。


出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
ラルフ・カークパトリック(Ralph Kirkpatrick, 1911年6月10日 – 1984年4月13日)はアメリカ合衆国の音楽家・音楽学者。チェンバロ奏者として著名。

ハーヴァード大学で記譜法とピアノを修めた後、ヨーロッパ各地に留学。パリでナディア・ブーランジェとワンダ・ランドフスカに師事した後、イギリスでアーノルド・ドルメッチに、ベルリンでハインツ・ティーセンに、ライプツィヒでギュンター・ラミンに師事。1933年から1934年までザルツブルクのモーツァルテウムで教鞭を執る。

1940年からイェール大学の教授に就任し、ドメニコ・スカルラッティの評伝と、スカルラッティ全作品の原典批判校訂版(1953年)を出版。これらに付された「カークパトリック番号」(Kk.+数字)は、スカルラッティのチェンバロ・ソナタの標準的な番号付けの方式となっている(この他の有名なスカルラッティのソナタの番号方式に、“L.+数字”で表記されるロンゴ番号がある)。

演奏家として数々の録音も残している。とりわけ、ヨハン・セバスチャン・バッハのクラヴィーア曲やスカルラッティ作品のほか、クラヴィコードによるバッハの《インベンションとシンフォニア》の全曲録音や、フォルテピアノによるモーツァルト作品集の録音が名高い。

カークパトリックは古楽の擁護者であっただけでなく、チェンバロのために作曲された近現代の音楽も演奏した。たとえば、クインシー・ポーターの《ハープシコード協奏曲》やダリユス・ミヨーの《ヴァイオリンとクラヴサンのためのソナタ》、(作曲者から献呈された)エリオット・カーターの《ハープシコード、ピアノと室内オーケストラのための協奏曲》をレパートリーとしていた。

コネチカット州ギルフォードにて他界。享年72。<ここまで>

彼は学者としても活躍した人ですから、バッハ演奏についてもいろいろ語っています。それを乱暴をおそれずにまとめてしまえば、ダイナミクスやテンポは不必要に動かすべからず!に尽きます。つまり、その様なことを演奏者が恣意的に行うことは「精緻を極めたバロック建築に災いをもたらす地震」だというのです。その意味では、彼もザッハリヒカイトの時代に生きた人であり、言い方を変えれば「ランドフスカ」以後、「グールド」以前の人だと言えます。ただし、グールドがピアノの人であるのに対してカークパトリックはチェンバロの人なので、その意味では今もって存在価値は失っていない録音だと思います。悪くないです。