クラシック音楽へのおさそい〜Blue Sky Label〜


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ドヴォルザーク:交響曲第8番 ト長調 作品88


ラファエル・クーベリック指揮 フィルハーモニア管弦楽団 1948年10月5日,7日~9日録音をダウンロード

  1. Dvorak:Symphony No.8 in G major, Op.88 [1.Allegro con brio]
  2. Dvorak:Symphony No.8 in G major, Op.88 [2.Adagio]
  3. Dvorak:Symphony No.8 in G major, Op.88 [3.Allegretto grazioso - Molto Vivace]
  4. Dvorak:Symphony No.8 in G major, Op.88 [4.Allegro ma non troppo]

一度聞けば絶対に忘れないほどの美しいメロディーです



メロディーメーカーと言われるドヴォルザークですが、ここで聞くことのできるメロディーの美しさは出色です。
おそらく一度聞けば、絶対に忘れることのできない素晴らしいメロディーです。

私がこのメロディーに初めてであったのは、車を運転しているときでした。
いつものようにNHKのFM放送を聞きながら車を走らせていました。おそらく何かのライヴ録音だったと思います。

第2楽章が終わり、お決まりのように観客席の咳払いやざわめきが少し静まったころを見計らって、第3楽章の冒頭のメロディーが流れはじめました。
その瞬間、ラジオから流れる貧弱な音でしたが耳が釘付けになりました。

それは、今まで聞いたことがない、この上もなく美しくメランコリックなメロディーでした。
その頃は、クラシック音楽などと言うものを聞き始めて間もない頃で、次々と新しい音楽に出会い、その素晴らしさに心を奪われると言う本当に素晴らしい時期でした。
そんな中にあっても、この出会いは格別でした。

実は、車を運転しながら何気なく聞いていたので、流れている音楽の曲名すら意識していなかったのです。
第4楽章が終わり、盛大な拍手が次第にフェイドアウトしていき、その後アナウンサーが「ドヴォルザーク作曲、交響曲第8番」と読み上げてくれて初めて曲名が分かったような次第です。

翌日、すぐにレコード屋さんにとんでいったのですが、田舎の小さなお店ですから、「えぇ、ドヴォルザークって9番じゃなかったですか?」等とあほみたいな事を言われたのが今も記憶に残っています。
クラシック音楽を聴き始めた頃の、幸せな「黄金の時代」の思い出です。


クーベリックの意志がすみずみまで貫徹している


クーベリックと言えば「中庸」と言うことがよく言われて、その評価に対しては微妙なところがあります。
しかし、こういう若い頃のフィルハーモニア管等との演奏を聞いてみると、そう言う雰囲気とは随分と異なる事に気づかされます。

クーベリックは世界的ヴァイオリニストだったヤン・クーベリック の長男として生まれ、読み書きができるようになるよりも先に楽譜が読めるようになったというエピソードが残されているほどに、音楽的に恵まれた環境のもとで育ちました。そして、わずか22歳でチェコ・フィルの常任指揮者となり、1942年にはターリッヒがナイスに睨まれて退任した後を受けて首席指揮者に就任しています。
考えてみれば、そう言う男がただの「中庸」だけの音楽家になるはずはなく、疑いもなくその中には確固とした彼ならではなお音楽の姿を築き上げていたはずです。

そして、それがただの想像ではないことを、このフィルハーモニア管との演奏は証明しています。
とりわけ、ドヴォルザークの交響曲第8番ではクーベリックの意志が刻み込まれていないフレーズは一つもないだろうと思えるほどに、その全てに彼ならではの微妙なニュアンスが刻み込まれています。それは、己の意志がほとんど無視されて、その中でかろうじてバランスをとるだけに終始したウィーン・フィルとのDecca録音の時と較べれば全く別人です。

このフィルハーモニア管との演奏ではウィーン・フィルとのノッペリした音楽はどこを探しても見つけ出すことは出来ません。
そして、それと同じ事が1946年にチェコ・フィルと録音した幾つかの交響詩(「謝肉祭」「自然の王国で序曲「オセロ」)においても言えます。いささか録音のクオリティが低いのが難ですが・・・。

クーベリックがチェコの共産化を嫌って西側に亡命したのは1948年ですから、まさにその直後のタイミングで録音されたものと思われます。それともこの録音のために渡英したことを絶好の機会として亡命したのでしょうか。
おそらく、録音専用のオケとしてスタートしたフィルハーモニア管の素直な姿勢がクーベリックの意志を敏感に感じとり、その意志を手足となってひたすら献身的に再現することに集中しています。

しかしながら、そう言う点がクーベリックの美点であると同時に大きな欠点にも結びついたことは否めません。
彼はオーケストラが自分に心服して言うことを聞いてくれるときには存分にその力を発揮するのですが、そっぽを向いたオケに対しては音楽的エリートの環境に育ったためでしょうか、あまり強く己を主張して自己の音楽を貫き通すと言うことはしなかったようなのです。
それは、よく言えば紳士的とも言えるのですが、果たしてプロの指揮者としてはそれでいいのだろうかと思わずにはおれません。しかしながら、オケとの相性がピッタリと合ったときには素晴らしい音楽を聞かせてくれるのですから始末が悪いとも言えます。
そして、そう言うクーベリックの姿勢が、結果的には「中庸」という分かったような分からないような評価に結びついたのかもしれません。

それにしても、この1948年のフィルハーモニア管と録音したドヴォルザークは「素晴らしい!!」の一言に尽きます。