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ブラームス:ヴァイオリン協奏曲 ニ長調 作品77


(Vn)イダ・ヘンデル:セルジュ・チェリビダッケ指揮 ロンドン交響楽団 1953年3月6日録音をダウンロード

  1. Brahms:Violin Concerto in D major Op.77 [1.Allegro non troppo]
  2. Brahms:Violin Concerto in D major Op.77 [2.Adagio]
  3. Brahms:Violin Concerto in D major Op.77 [3.Allegro giocoso, ma non troppo vivace]

ヴァイオリンを手にしてぼんやりと立っているほど、私が無趣味だと思うかね?



この言葉の前には「アダージョでオーボエが全曲で唯一の旋律を聴衆に聴かしているときに・・・」というのがくっつきます。
サラサーテの言葉です。(^^)
もっとも、その前にはさらに「ブラームスの協奏曲は素晴らしい音楽であることは認めるよ、しかし・・・」ということで上述の言葉が続きます。

おそらくこの言葉にこの作品の本質がすべて語られていると思います。
協奏曲と言う分野ではベートーベンが大きな金字塔をうち立てましたが、大勢はいわゆる「巨匠風協奏曲」と言われる作品が主流を占めていました。
独奏楽器が主役となる聞かせどころの旋律あちこちに用意されていて、さらに名人芸を披露できるパッセージもふんだんに用意されているという作品です。

イタリアの作曲家、ヴィオッティの作品などは代表的なものです。
ただし、彼の22番の協奏曲はブラームスのお気に入りの作品であったそうです。親友であり、優れたヴァイオリニストであったヨアヒムと、一晩に二回も三回も演奏するほどの偏愛ぶりだったそうですから世の中わからんものです。

しかし、それでいながらブラームスが生み出した作品はヴィオッティのような巨匠風協奏曲ではなく、ベートーベンの偉大な金字塔をまっすぐに引き継いだものになっています。
その辺が不思議と言えば不思議ですが、しかし、ブラームスがヴィオッティのような作品を書くとも思えませんから、当然と言えば当然とも言えます。(変な日本語だ・・・^^;)

それから、この作品は数多くのカデンツァが作られていることでも有名です。一番よく使われるのは、創作の初期段階から深く関わり、さらに初演者として作品の普及にも尽力したヨアヒムのものです。
それ以外にも主なものだけでも挙げておくと、

  1. レオポルド・アウアー

  2. アドルフ・ブッシュ

  3. フーゴー・ヘールマン

  4. トール・アウリン

  5. アンリ・マルトー

  6. ヤッシャ・ハイフェッツ


ただし、秘密主義者のヴァイオリニストは自らのカデンツァを出版しなかったためにこれ以外にも数多くのカデンツァが作られたはずです。
この中で、一番テクニックが必要なのは想像がつくと思いますが、ハイフェッツのカデンツァだと言われています。


このチェリビダッケと共演した一枚は特別な存在です


イダ・ヘンデルにとってブラームスのヴァイオリン協奏曲は特別な存在です。それは、前回にチャイコフスキのヴァイオリン協奏曲を取り上げたときにも少し紹介しました。
それは、1938年9月のプロムス(Proms)のコンサートで、ヘンリー・ウッド指揮BBC交響楽団をバックにこの作品を演奏したというものです。彼女の1928年生まれという言を信用するならばその時わずか9歳という事になります。そして、その演奏も9歳の子供が何とかこの難曲を演奏し終えたというようなレベルではなくて、指揮をつとめたヘンリー・ウッドも「まるで私の横で旧友イザイその人が演奏しているのではないかと思ったほどだ。」と述べていると言うのです。

イダ・ヘンデルというヴァイオリニストは謎の多い人で、彼女の生年月日については諸説がありますので、この9歳でイザイのようにブラームスのヴァイオリン協奏曲を演奏したというのはさすがに眉唾なような気がするのですが、2013年にも来日して公演していますから、もしも彼女が言うように1928年生まれだとすると、この時御年85歳という事になります。そして、現在も存命のようですからすでに90歳を超えていると言うことになります。
もしも、他説である1923年生まれだとすると、プロムスのコンサートの時には14歳という事になり、2013年の来日時には90歳という事になります。

どちらにしても、言葉は悪いですが、「化け物」のような存在です。
そして、この「化け物」のようなヴァイオリニストは録音の数が非常に少なく(決して録音嫌いでもなかったようです)、1980年以降はほとんど演奏活動を停止していた時期もあって、ほんとに謎に包まれた存在です。

そんな録音の少ない彼女の録音の中でも、このチェリビダッケと共演した一枚は特別な存在です。
それは、冒頭のオーケストラの前奏を聴いただけでその凄さが感じ取れます。その悠然たる音楽は、この時代のチェリビダッケがすでにどれほど偉大な指揮者であったかを嫌というほど聞き手にな納得させてくれます。私は、すでに「アンチ・カラヤン」ではないのですが、それでも彼がベルリン・フィルのシェフの地位をカラヤンに奪われたのは到底納得できないことだったという思いはよく分かります。

この協奏曲は、この雄大な幕開けの部分でオケとソリストの真価は分かってしまいます。おそらく、これほどに素晴らしい幕開けはそう滅多に聞けるものではありません。そして後年、イダ・ヘンデルは「チェリビダッケは何度も『イダ、こうしたほうがいいんじゃないか?』と言いましたが、彼は私のやり方に同意し、従ってくれました。大変名誉なことで驚きました。なぜそうしてくれたのかわかりませんが、今でも誇りに思っています。」と述べているのです。
確かに、イダのヴァイオリンは至るところでポルタメントをかけまくり、その演奏は彼女自身がいうように「本能に従った」ものでした。しかし、その様な「本能に従った」演奏にこれ以上はないと言うほどのスケールと力強さでチェリビダッケはサポートをしているのです。

この演奏を聞いていると、この男が後年、あれほどまでに臍が曲がってしまうようになるとは想像もつきません(^^;
ただ、一つだけ不満を言わせてもらえば、イダのヴァイオリンの響きがやや細身に聞こえることです。もしも、その濃厚な歌い回しに相応しく、もう少し厚みのある響きであればまさに言うことなしだったのですが、もちろんそのあたりの意見はそれぞれの聞き手が最終的には決める事なのでしょう

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