クラシック音楽へのおさそい〜Blue Sky Label〜

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ラフマニノフ:10の前奏曲 作品23

(P)モーラ・リンパニー:1951年録音

  1. Rachmaninoff:10 Preludes, Op.23 [No.1 in F-Sharp Minor: Largo]
  2. Rachmaninoff:10 Preludes, Op.23 [No.2 in B-Flat Major: Maestoso]
  3. Rachmaninoff:10 Preludes, Op.23 [No.3 in D Minor: Tempo di minuetto]
  4. Rachmaninoff:10 Preludes, Op.23 [No.4 in D Major: Andante cantabile]
  5. Rachmaninoff:10 Preludes, Op.23 [No.5 in G Minor: Alla marcia]
  6. Rachmaninoff:10 Preludes, Op.23 [No.6 in E-Flat Major: Andante]
  7. Rachmaninoff:10 Preludes, Op.23 [No.7 in C Minor: Allegro]
  8. Rachmaninoff:10 Preludes, Op.23 [No.8 in A-Flat Major: Allegro vivace]
  9. Rachmaninoff:10 Preludes, Op.23 [No.9 in E-Flat Minor: Presto]
  10. Rachmaninoff:10 Preludes, Op.23 [No.10 in G-Flat Major: Largo]

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暗から明への大きな物語のように感じられる前奏曲集

ラフマニノフの前奏曲集は一般的に「24の前奏曲」と呼ばれることが多いのですが、ショパンのそれのようにまとめて作曲されたものではなくて3つの部分の集合体として成り立っています。


  1. 前奏曲嬰ハ短調 作品3の2(1892年)

  2. 10の前奏曲 作品23(1903年)

  3. 13の前奏曲 作品32(1910年)



特に、「(モスクワの)鐘の音」と呼ばれることの多い嬰ハ短調の前奏曲は「幻想的小品集」の中の1曲です。
「10の前奏曲」と「13の前奏曲」を合体させるだけでもかなりの無理を感じるのですが、そこに全く別の小品集から1曲を抜き出してきて「24の前奏曲」とするのは「無理」を通りこしているように見えます。

ただし、そう言う「無理」な事がまかり通るのは、そうすることによってショパンの前奏曲のように「24の全ての調」を網羅するからです。
この「24の調を全て網羅した組曲」を作曲するというのは、作曲家にとっては自らの技量をアピールする上では魅力的なテーマした。
いつ頃から始まったものかは分かりませんが、最も有名な試みはバッハの「平均律クラヴィーア曲集」であることを否定する人はいないでしょう。ショパンによる「前奏曲集」はそれへのオマージュであったこともよく知られています。

それ以外にも、スクリャービンやショスタコーヴィチなども同様の試みを行っています。
問題は、このラフマニノフの前奏曲集をそれらと同じ試みの中に入れていいのかどうかと言うことです。

言うまでもなく、バッハもショパンも、そしてスクリャービンやショスタコーヴィチも「24の全ての調を網羅した組曲」という事を明確に意識して作曲しています。
しかし、ラフマニノフに関しては、上で述べたように、別々に作曲された3つの作品を合体させた結果として24の調を全て網羅するようになっただけのように見えるのです。

もちろん、全くの偶然で24の調が全て網羅されるはずもないので、1910年に完成させた「13の前奏曲」においては「24の調をコンプリート」することは意識されていたでしょう。
しかし、それ以前の「10の前奏曲」や「前奏曲嬰ハ短調」においてその事が意識されていたのかに関しては意見が分かれます。

そして、この意見の違いが演奏するピアニストにとっては悩ましい問題を引き起こします。
なぜならば、結果として24の調が網羅されただけならば、24曲を通して演奏する意味は希薄になります。
しかし、見かけ上は3つの作品に分裂していても、そこに24の調を全て網羅するという強い意志が働いていると見るならば、作品番号を跨いででも全曲を通して演奏する意味は大きいと言うことになるからです。

実際、ラフマニノフの前奏曲としてカタログに載っているCDを較べてみても、24曲をコンプリートしている人もいれば、作品23や32だけを単独で録音している人もいます。
中には、この前奏曲集の中から自分の気に入った作品だけを適当に抜き出して録音しているピアニストもいます。

ですから、この事は容易に結論の出る話ではないようなのですが、私の感覚からすれば(いささかいい加減な感覚ですが^^;)、この24曲を通して演奏したものを聞けば、そこに「暗から明に至る大きな物語」のようなものは感じられます。
ですから、作品23や作品32の前奏曲集を単独で聞かされるよりは、24曲を通して聞いた方が満足度は高いような気がするのです。それから、この前奏曲集からつまみ食いのように何曲か抜き出して録音するというのは全く異なるスタンスからの鴛鴦ですから、ここでは脇においておきましょう。
そして、そう感じる背景としてこの24曲の調性の並び方に、ラフマニノフならではの特徴があることを指摘する人もいます。
バッハやショパンは並び方は異なりますが、調の並び方は一定のルールに従った機械的なものです。

バッハの平均率はハ長調から始まって半音ずつ上がっていきます。「ハ長調→ハ短調→嬰ハ長調→嬰ハ短調→ニ長調」という感じです。
ショパンの場合はハ長調から始まるのは同じなのですが、そこから5度圏を巡っていきます。調号で言えば♯が一つずつ増えていき、折り返し点で♭にかわって今度は一つずつ減っていきます。「ハ長調→イ短調→ト長調→ホ短調 →ニ長調」という感じです。
そして、スクリャービンやショスタコーヴィチも基本的にこれと同じ配列を採用しています。

それに対して、ラフマニノフはより複雑な配列を採用しています。
ちょっと煩雑になるのですが、その配列を書き出していくと「嬰ハ短調→嬰ヘ短調→変ロ長調→ニ短調→ニ長調→ト短調→変ホ長調→ハ短調→変イ長調→変ホ短調→変ト長調→・・・→変ニ長調」みたいな感じです。

一見して分かるのはバッハやショパンの「長調→短調」という並び方に逆行して「短調→長調」になっていることはすぐに分かります。さらに、その並び方にも機械的な原則はないように見えます。
しかしながら、作品背体を眺めれば「嬰ハ短調」で始まって同主調の「変ニ長調」で終わるので、何となくまとまりがついたように聞こえます。冒頭の「嬰ハ短調」で不気味に鳴り響いた「鐘」が、最後の変ニ長調では喜ばしい「鐘」として鳴り響くことで全曲を閉じるように聞こえるので、そこに物語性が感じられるのです。

確かに、ラフマニノフ自身もどこかで「前奏曲の役目とは気分を描写することではなく、気分を生み出すための用意をすることなのだ」と述べていました。
そう考えれば、この24の前奏曲をひとまとまりの作品として、嬰ハ短調の悲劇的な感情を起点として、そこから様々な感情を経て変ニ調著の喜びに至る一篇の物語とも読み解けるのです。

もちろん、それがあまりにも文学的解釈にすぎるという反論が出たとしても否定は出来ません。
もっと細かく分析すれば、ラフマニノフの選択した調性の配置には何らかの法則性があり、そう言う文学的解釈を持ってこなくても全体を統一する鍵が見つかるのかもしれません。

10の前奏曲 作品23


  1. No.1 in F-Sharp Minor: Largo

  2. No.2 in B-Flat Major: Maestoso

  3. No.3 in D Minor: Tempo di minuetto

  4. No.4 in D Major: Andante cantabile

  5. No.5 in G Minor: Alla marcia

  6. No.6 in E-Flat Major: Andante

  7. No.7 in C Minor: Allegro

  8. No.8 in A-Flat Major: Allegro vivace

  9. No.9 in E-Flat Minor: Presto

  10. No.10 in G-Flat Major: Largo



コンサートグランドピアノの能力の限界に挑戦するような音楽を完璧にねじ伏せている


最近同じようなことばかり言っているような気がするのですが(^^、、この「モーラ・リンパニー」というピアニストも全く視野に入っていない存在でした。
まあ、古い時代の人だから仕方がないよね・・・等と一人呟いていたら、何と1990年代まで現役のピアニストとして活動をしていて、さらには1992年には来日して、ショパンの前奏曲はNHKで放送もされたと言うではないですか。

1916年生まれですから、その時御年76歳!!
しかし、その時の演奏は年齢などは全く感じさせないほどの素晴らしいものだったようですから、やはり視野から外していてはいけない存在だったようです。
ちなみに、来日公演の最後は1994年(3回目だったとか・・・)だったそうです。

私にとってクラシック音楽への案内人は吉田大明神であり、それ故に、ピアニストに関して言えば、彼の「世界のピアニスト」が最初の案内書であり、そこに取り上げられていないアピアにストはどうしても視野から外れてしまうと言う傾向がありました。
あの本には、女性のピアニストで言えば、古いところではマイラ・ヘスやエリー・ナイ、マルグリット・ロンは押さえているのに、モーラ・リンパニーやアニー・フィッシャー、マルセル・メイエルなんかは外れていました。

もちろん、それは仕方のないことであり、入門書とはそう言うものです。
ですから、そこから後は自分の興味と関心を広げていかなければいけないのですが、要は私が怠惰だったと言うだけの話です。
ただし、もう少し言い訳を許してもらえるならば、リンパニーは結婚と離婚を繰り返す中でピアニストとしては引退同様の状態になった期間が長かったようで、その結果としてステレオ期の録音がほとんどないようなのです。

遠い東の果ての島国に住まう住民にとって、新しい「録音」が届かないというのは「存在」しないも同然のことになりますから、視野から外れてしまうのも多少は仕方がなかったんではないかと開き直ってもいます。

ただし、その大部分がモノラル録音ではあるのですが、残された演奏はなかなかに素晴らしいのです。
イギリスの女性のピアニストで「デイム(Dame)」に列せられたのはマイラ・ヘスとモーラ・リンパニーだけです。紳士の国イギリスで「サー」や「デイム」に列せられるというのは大変な名誉ですから、音楽家であればそれに相応しい音楽的才能が認められるのは当然としても、人間的にも高い尊敬を受けていたのでしょう。

しかし、同じ「デイム」でもヘスのピアノとリンパニーのピアノでは随分と方向性が異なるようです。(そう言えば、ヘスの録音も取り上げていないことに今気がつきました。(^^;)こりゃイカン・・・です。)
デイム・ヘスのピアノは聞く人の胸に切々と語りかけます。
それは、音楽とは一時の楽しみを与えるだけのものではなくて、それを聞く人の胸に何かとても大切なメッセージを届けようとする営みだと確信しているようです。

それと比べると、リンパニーのピアノは「芸」です。
ただしそれは決して悪口ではありません。
音楽とは何よりも聞きに来てくれる人に喜びと楽しみを与えるものであり、そこに小難しい理屈はいらないというスタンスです。

ですから、どちらかと言えば囁くように鳴るヘスのピアノに対して(実際、コンサートでも彼女のピアノ音量は決して大きくはなかったようです)、リンパニーのピアノは豪快に鳴ります。
そして、その事は彼女が愛したロシアの音楽、例えばラフマニノフのコンチェルトや前奏曲などを聴くとよく分かります。

とりわけ、ラフマニノフの前奏曲は彼女が得意とした音楽であり、この1951年の録音はラフマニノフの前奏曲にとっては世界最初の全曲録音でした。

それにしても、この録音は凄いです。

これをブラインドで聴かされて、1951年の録音と種明かしをされればほとんどの人が吃驚仰天するでしょう。
鍵盤を指が叩き、それによってハンマーが弦を叩き、結果としてピアノのフレームまでもが豪快に鳴っている様子が見事なまでにとらえられています。そして、そこまで完璧にピアノを鳴り切らせているリンパニーも凄いです。

おそらく、この作品は現在のコンサートグランドピアノの能力の限界に挑戦するような部分があちこちに登場します。
そう言う音楽を完璧にねじ伏せているリンパニーも凄いのですが、その響きをほぼパーフェクトにとらえたDeccaの録音陣も素晴らしいとしか言いようがありません。

そして、こういう大昔のとんでもない録音にであうたびに、クラシック音楽の演奏家はつくづく大変な稼業だと同情するのです。
現役同士で競い合うのは仕方がないとしても、こんな昔に死んじゃった爺さん、婆さんとも競い合わないといけないのですから。本当に気の毒な稼業です。

さらに言えば、録音という稼業にとっても、これがピアノ録音の基準線です。
1951年においてこのクオリティが実現しているのですから、このレベルに達していないピアノの録音は反省すべきです。