クラシック音楽へのおさそい〜Blue Sky Label〜

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バッハ:ピアノ小品集

(P)ディヌ・リパッティ 1950年7月6日&10日録音

  1. バッハ:ブゾーニ編:来たれ、異教徒の救い主よ BWV599
  2. バッハ:ブゾーニ編:主イエス・キリストよ、われ汝によばわる BWV639
  3. バッハ:ヘス編:主よ、人の望みの喜びよ BWV147
  4. バッハ:ケンプ編:シチリアーナ~フルート・ソナタ第2番 BWV1031


バッハ:ピアノ小品集

バッハという人はどこまでいっても「対位法」の人でした。
彼の音楽は何本もの旋律ラインが精緻に絡み合うことでその素晴らしさが明らかになるものでした。

しかし、鍵盤楽器の主役がハープシコードからフォルテ・ピアノに移行することで不都合が生じてきました。それは、ピアノという楽器は縦の和音をガツンと鳴らすことに適していても、複数の旋律ラインを綺麗に描き分けていくのは不可能ではないものの、非常に難しいという特性を持っていたからです。
そして、その主役交代も一つの要因となって、ポリフォニックなバロックな音楽はホモフォニックな古典派の音楽へと取って代わられていったのです。

そして、ホモフォニックな音楽が全盛となる時代にあってバッハの音楽は忘れ去られていき、時にその音楽が取り上げられるときも、ホモフォニックなスタイルに編曲されて演奏されるのが「常識」となっていました。
その「編曲」とは、極めてザックリと言えば横へ流れていく何本ものラインを解体して縦に積み直すという作業でした。

当然の事ながら、バッハ本来の響きは喪われてボッテリとした厚い響きに変わってしまうのですが、しかし、それが長きにわたってバッハの音楽として受け入れられていったのです。
しかし、そうやって換骨奪胎されたバッハの音楽を聞いていていつも驚くのは、それでもやはりバッハの音楽になっているのです。

どれほど弄り倒されても、それでもバッハであることを放棄しない強靱さにはいつも驚かされます。


  1. バッハ:ブゾーニ編:来たれ、異教徒の救い主よ BWV599

  2. バッハ:ブゾーニ編:主イエス・キリストよ、われ汝によばわる BWV639

  3. バッハ:ヘス編:主よ、人の望みの喜びよ BWV147

  4. バッハ:ケンプ編:シチリアーナ~フルート・ソナタ第2番 BWV1031



随分遅くなってしまいましたが、残された録音に関しても、ポツポツと追加していきたいと思います。


リパッティによるバッハの小品はすでに幾つかアップしてあったのですが、どういうわけか何曲か取りこぼしていました。さらに、調べてみれば、バッハ以外にもかなりの数の録音を取りこぼしています。
確かに、録音状態の悪いものも多いので後回しにしているうちに忘れてしまった可能性があります。

しかしながら、リパッティの演奏と録音はその様な悪条件を抱えていたとしても、その全貌を後世に伝えることは義務でしょう。
と言うことで、すでに幾つかアップしてある音源も含めて、彼が残したバッハの小品を追加しておきます。

おそらく、こういう古いスタイルによる演奏はピリオド演奏云々のレベル以前の話ですから、大手レーベルによる新規録音として登場するようなことは二度とないでしょう。おそらく、著名なピアニストでこういう録音を行った最後の人はケンプでしょう。
しかし、古いから駄目という音楽になっていないのは当然であるのですが、とりわけこのリパッティによるバッハの小品は今もってきくものの胸を打ちます。
こういう演奏を聴かされると、一部の人たちが言い立てた「音楽の正しさ」とは何だったんだろうと思わずにはおれません。

これらはすべて、リパッティがこの世を去る数ヶ月前の録音で、まさに遺作とも言うべき演奏です。
EMIのレッグは録音機材をスイスに運び、リパッティの体調がよくて演奏が可能なときにはいつでも録音が可能なようにスタンバイしていました。レッグという男は毀誉褒貶の激しい存在なのですが、パッティの録音がある程度まとまった形で残ったのは疑いもなく彼の功績なのですから、それだけでも「良し」とすべきでしょう。

随分遅くなってしまいましたが、残された録音に関しても、ポツポツと追加していきたいと思います。