クラシック音楽へのおさそい〜Blue Sky Label〜

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バッハ:2つのヴァイオリンのための協奏曲 ニ短調 BWV1043

(Vn)ジョコンダ・デ・ヴィート & イェフディ・メニューイン アンソニー・バーナード指揮 フィルハーモニア管弦楽団 1953年9月14日~15日録音

  1. バッハ:2つのヴァイオリンのための協奏曲 ニ短調 BWV1043「第1楽章」
  2. バッハ:2つのヴァイオリンのための協奏曲 ニ短調 BWV1043「第2楽章」
  3. バッハ:2つのヴァイオリンのための協奏曲 ニ短調 BWV1043「第3楽章」

3曲しか残っていないのが本当に残念です。

バッハはヴァイオリンによる協奏曲を3曲しか残していませんが、残された作品ほどれも素晴らしいものばかりです。(「日曜の朝を、このヴァイオリン協奏曲集と濃いめのブラックコーヒーで過ごす事ほど、贅沢なものはない。」と語った人がいました)
勤勉で多作であったバッハのことを考えれば、一つのジャンルに3曲というのはいかにも少ない数ですがそれには理由があります。

バッハの世俗器楽作品はほとんどケーテン時代に集中しています。
ケーテン宮廷が属していたカルヴァン派は、教会音楽をほとんど重視していなかったことがその原因です。世俗カンタータや平均率クラヴィーア曲集第1巻に代表されるクラヴィーア作品、ヴァイオリンやチェロのための無伴奏作品、ブランデンブルグ協奏曲など、めぼしい世俗作品はこの時期に集中しています。そして、このヴァイオリン協奏曲も例外でなく、3曲ともにケーテン時代の作品です。

ケーテン宮廷の主であるレオポルド侯爵は大変な音楽愛好家であり、自らも巧みにヴィオラ・ダ・ガンバを演奏したと言われています。また、プロイセンの宮廷楽団が政策の変更で解散されたときに、優秀な楽員をごっそりと引き抜いて自らの楽団のレベルを向上させたりもした人物です。
バッハはその様な恵まれた環境と優れた楽団をバックに、次々と意欲的で斬新な作品を書き続けました。

ところが、どういう理由によるのか、大量に作曲されたこれらの作品群はその相当数が失われてしまったのです。現存している作品群を見るとその損失にはため息が出ます。
ヴァイオリン協奏曲も実際はかなりの数が作曲されたようなですが、その大多数が失われてしまったようです。ですから、バッハはこのジャンルの作品を3曲しか書かなかったのではなく、3曲しか残らなかったというのが正確なところです。
もし、それらが失われることなく現在まで引き継がれていたなら、私たちの日曜日の朝はもっと幸福なものになったでしょうから、実に残念の限りです。

流れ来ては流れ去っていく音の連なり


バッハのヴィオリン協奏曲は美しい。それこそ、ため息の出るほど美しい。
とりわけ、この2つのヴァイオリンのための協奏曲のラルゴ楽章は、バッハが書いた美しい旋律のベスト5には入るのではないでしょうか。
だから、どんな様式論議をされようが、最後は音楽が美しくなければ、それはもう聞く価値がないのです。

このラルゴ楽章を聞くと、必ず「愛は静けさの中に(何という邦題だ!!原題は「Children of a Lesser god(神が作りし小さき子ら)」を思い出します。そして、マーリー・マトリンの美しさが、そのままこの音楽の美しさに結びついてしまっています。
そう言う意味で言えば、このデ・ヴィートのヴァイオリンには、あの匂い立つようなマーリー・マトリン(この時21才)の美しさはありません。

第1楽章から、何となくギクシャクした感じがするのですが、それはどことなく、リヒター達がこれから切り開いていく厳格なバッハへの変容がこの頃から始まっているのかなと思わせます。
それに続くラルゴ楽章もどこか華やぎとは無縁です。

しかし、若ければそれだけで値打ちがあるような今の日本では理解しづらいかもしれませんが、ここにはそう言う類の美しさとは別の美しさがあることが分かってきます。

そう言えば、「逃げ恥」で石田えりが「貴方は若いと言うことにとても価値をおいているようね」と啖呵を切る場面がありましたね。

百合:訂正箇所が多すぎて、どこから赤を入れたらいいものか。あなたは随分と自分の若さに価値を見出しているのね。
五十嵐:お姉さんの半分の年なので。
百合:私が虚しさを感じるとしたら、あなたのように感じている女性が、この国にはたくさんいるということ。あなたが価値がないと切り捨てたものは、この先あなたが向かっていく未来でもあるのよ。バカにしていたものに、自分がなる。それって辛いんじゃないかな。自分に呪いをかけないで。さっさと逃げてしまいなさい。


もっとも、そう思われてしまうのは、本当の意味で「様子がいい」大人や「姿のよい」大人がいないからでもあるのですが。
しかし、このラルゴ楽章で聞くことのできる美しさは、そう言う「様子がいい」とか「姿がいい」と言われるような類の美しさです。

この録音をしたとき、デ・ヴィートは確か46才、メニューヒンはフルトヴェングラーを擁護したことでアメリカから追い出された37才、その年でこの「様子の良さ」は見事なものです。

さらに、この二人のヴァイオリンで延々と歌い継がれていく世界に身を浸していると、そこに川の流れのような世界がひろがっていくことに気づかされます。
そこに、日本人である私たちは、とどまることもなく流れ来ては流れ去っていく音の連なりに「無常」の世を感じる事は容易なのですが、デ・ヴィートとメニューヒンはここに何を感じたのでしょうか。

なお、53年のモノラル録音ですが音質は非常に優秀です。この時代のEMIのモノラル録音はクオリティが非常に高いのが、結果としてステレオ録音への移行を躊躇わしたのでしょう。皮肉なものです。

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