クラシック音楽へのおさそい〜Blue Sky Label〜

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バッハ:2台のチェンバロのための協奏曲第2番ハ長調 BWV1061

カール・リヒター(Cemb&指揮) (Cemb)エドゥアルト・ミュラー アンスバッハ・バッハ週間のソリストたち 1955年録音

  1. バッハ:2台のチェンバロのための協奏曲 ハ長調 BWV1061「第1楽章」
  2. バッハ:2台のチェンバロのための協奏曲 ハ長調 BWV1061「第1楽章」
  3. バッハ:2台のチェンバロのための協奏曲 ハ長調 BWV1061「第1楽章」

バッハは編曲でも凄い

バッハは少しでもよい条件の働き口を探し続けていた人なのですが、その最後の到着点はライプツィヒの聖トーマス教会のカントルでした。
この仕事は、教会の仕事だけでなく、ライプツィヒ市の全体の音楽活動に責任を負う立場なので、バッハにとってはかなりの激務だったようです。そんな、疲れる仕事の中で喜びを見出したのが「コレギウム・ムジクム」の活動でした。
「コレギウム・ムジクム」は若い学生や町の音楽家などによって構成されたアマチュア楽団で、当時のライプツィヒ市では結構人気があったようです。通常の時期は毎週1回の演奏会、見本市などがあってお客の多いときは週に2回も演奏会を行っていたようです。
バッハは、このアマチュア楽団の指導と指揮活動を1729年から1741年まで(中断期間があったものの)務めています。

ここで紹介している一連のチェンバロ協奏曲は、すべてこのアマチュア楽団のために書かれたものです。
ただ、バッハにしては不思議なことなのですが、そのほとんどがオリジナルではなくて、自作または、他の作曲家の作品を編曲したものなのです。しかし、公務ではなくてどちらかと言えば自らも楽しみながらの活動であったことを考えれば、すべてオリジナル作品で気楽に演奏するのは、さすがのバッハでも大変だったでしょう。
しかし、「編曲」とは言っても、その手練手管は見事なものです。
残念ながら、原曲となった作品の多くは紛失しているものが多いので、直接比較するのは難しいのですが、それでもチェンバロの特徴をうまくいかして見ごとな作品にリニューアルいています。

原曲の多くはヴァイオリン曲です。
ヴァイオリンとチェンバロでは音域が違いますし、何よりも持続音が前者は得意、後者は根本的に不可能という違いがあります。ですから、長い音符はすべて細かく分割されて、さらには装飾音符も華やかに盛り付けられて、実に精妙な響きを生み出しています。
不思議なことに、このような協奏曲形式の大家ともいうべきヴィヴァルディは1曲もチェンバロのための協奏曲を残していません。その意味では、鍵盤楽器であるチェンバロに主役の座を与え、後のピアノ協奏曲への入り口を開いたのは、これらの編曲によるチェンバロ協奏曲だといえます。ですから、オリジナルではない編曲バージョンだとはいえ、その価値が低くなることはありません。

とりわけ、第1番というナンバーが与えられているBWV1052は規模も大きくモーツァルトの協奏曲と比べても遜色のない作品です。そのため、この作品だけは「チェンバロ」という楽器が忘れ去られた時代にあっても「ピアノ協奏曲」として演奏され続けました。
やはり、バッハは凄いのです。

2台のチェンバロのための協奏曲第2番ハ長調 BWV1061

この作品はバッハのチェンバロ協奏曲の中では特殊な地位を占めています。それは、他の作品のほとんどが自作、もしくは他の作曲家の作品の編曲であったのに対して、これは間違いなくオリジナル作品だと言うことです。
しかしながら、そのオリジナル作品なのですが、協奏曲としてみるならばおかしなところが幾つかあります。

明らかにおかしいのは第2楽章です。この楽章は弦楽合奏が完全に沈黙して2台のチェンバロだけで演奏されます。さらに、第3楽章は明らかにフーガ形式で書かれていて、弦楽器はそのフーガを展開する独奏チェンバロにユニゾンで付き従うだけです。
つまり、これは協奏曲と言いながら、弦楽合奏がなくても2台のチェンバロによる作品としても十分に成り立つのです。

ヴァイオリンがなくても単独のピアノソナタとして成立するヴァイオリンソナタというのは時々見かけますが、弦楽合奏がなくても単独の器楽曲として成立する協奏曲というのはあまり聞いたことがありません。
第1楽章の弦楽合奏もリズムにアクセントをつけたり主題動機を反復したりという控えめな役割に徹しているので、これもまたなくてもなんとかなります。
おそらくは「イタリア協奏曲」のような試みを2台のチェンバロによって行った作品があって、それを「コレギウム・ムジクム」での演奏会用に仕立て直したのでしょう。

しかしながら、厳格な対位法で書かれた第2楽章の清潔な叙情性は弦楽合奏を排することで保持されたというのはいささか皮肉な話ではあります。


  1. 第1楽章:(テンポ指定なし[Allegoro])

  2. 第2楽章:Adagio ovvero Largo

  3. 第3楽章:Fuga



小さな町で終わる器でない


ハープシコードもリヒター、指揮もリヒター、そしてオケは気心の知れた仲間達です。

ちなみに、「アンスバッハ・バッハ週間」とは聞きなれない言葉ですが、1947年に指揮者のフェルディナント・ライトナーが中心となって始められた音楽祭のことです。リヒターはこの音楽祭の芸術監督を1955年から1964年までつとめていました。
ここまで駒が揃えば、それはもうリヒターの意志が隅から隅まで徹底したバッハにならない方が不思議です。結果として、とてもじゃないが気楽に聞き流せるような音楽にはなっていません。

作品紹介のところでも書いたのですが、一連のチェンバロ協奏曲はアマチュア楽団のために書かれたものです。さらに言えば、それらは全てオリジナルではなくて、自作または、他の作曲家の作品を編曲したものです。もちろん、その編曲の手練手管は見事なものなのですが、基本的には傍流に属する作品群です。
ですから、何もここまでムキになって自分の主張を押し出さなくてもいいのにと思うのですが、録音が55年という事を考えればそれも仕方のなかったことなのでしょう。
これから先どうなるかも分からない自分たちのチャレンジを実らせるためには、どんな仕事でも持てる力の全てを注ぎ込まざるを得なかったのでしょう。

しかし、中国の古い諺に「鶏を割くに焉んぞ牛刀を用いん」というのがあります。

これは孔子の弟子である子游が小さな町の長になったときに、孔子の教えの通りにその町で音楽を響かせていたことからきた諺です。
孔子は国の基本として教えていた礼楽がその小さな町でで鳴り響いているのを聞いて「鶏を割くに焉んぞ牛刀を用いん」と冗談を言ったそうです。

しかし、この孔子の言葉には、子游は小さな町の長におさまる器ではなく、いつか一国の宰相となるほどの器であることを仄めかした言葉だとも言われています。
そう思えば、ミュンヘンという町の小さな音楽グループとして始まったリヒターとその仲間達も、こういう小さな町で終わる器でないという事を示した録音と言うことで、「鶏を割くに焉んぞ牛刀を用いん」と言っていいのかもしれません。

追記
とは言え、こういう作品だと、やはり「やり過ぎ感」は否めなせん。
第3楽章の弦楽合奏はいかにも鳴らしすぎで肝心のチェンバロの音が埋没しています。
第1楽章の弦楽合奏がつけるリズムのアクセントも強すぎる感じがします。

また、第2楽章で弦楽合奏が沈黙すると、モダンチェンバロ特有の響きに違和感を感じる人も多いでしょう。とは言え、そこで紡がれていく透明感のある叙情的な世界は素晴らしいです。

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