クラシック音楽へのおさそい〜Blue Sky Label〜

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ベートーベン:交響曲第8番

フルトヴェングラー指揮 ストックホルムフィル 1948年11月13日録音

  1. 交響曲第8番 ヘ長調 作品93 「第1楽章」
  2. 交響曲第8番 ヘ長調 作品93 「第2楽章」
  3. 交響曲第8番 ヘ長調 作品93 「第3楽章」
  4. 交響曲第8番 ヘ長調 作品93 「第4楽章」


谷間に咲く花、なんて言わないでください。

初期の1番・2番をのぞけば、もっとも影が薄いのがこの8番の交響曲です。どうも大曲にはさまれると分が悪いようで、4番の交響曲にもにたようなことがいえます。

 しかし、4番の方は、カルロス・クライバーによるすばらしい演奏によって、その真価が多くの人に知られるようになりました。それだけが原因とは思いませんが、最近ではけっこうな人気曲になっています。

 たしかに、第一楽章の瞑想的な序奏部分から、第1主題が一気にはじけ出すところなど、もっと早くから人気が出ても不思議でない華やかな要素をもっています。

 それに比べると、8番は地味なだけにますます影の薄さが目立ちます。

 おまけに、交響曲の世界で8番という数字は、大曲、人気曲が多い数字です。

 マーラーの8番は「千人の交響曲」というとんでもない大編成の曲です。
 ブルックナーの8番についてはなんの説明もいりません。
 シューベルトやドヴォルザークの8番は、ともに大変な人気曲です。

 8番という数字は野球にたとえれば、3番、4番バッターに匹敵するようなスター選手が並んでいます。そんな中で、ベートーベンの8番はその番号通りの8番バッターです。これで守備位置がライトだったら最低です。

 しかし、ユング君の見るところ、彼は「8番、ライト」ではなく、守備の要であるショートかセカンドを守っているようです。
 確かに、野球チーム「ベートーベン」を代表するスター選手ではありませんが、玄人をうならせる渋いプレーを確実にこなす「いぶし銀」の選手であることは間違いありません。

 急に話がシビアになりますが、この作品の真価は、リズム動機による交響曲の構築という命題に対する、もう一つの解答だと言う点にあります。
 もちろん、第1の解答は7番の交響曲ですが、この8番もそれに劣らぬすばらしい解答となっています。ただし、7番がこの上もなく華やかな解答だったのに対して、8番は分かる人にしか分からないと言う玄人好みの作品になっているところに、両者の違いがあります。

 そして、「スター指揮者」と呼ばれるような人よりは、いわゆる「玄人好みの指揮者」の方が、この曲ですばらしい演奏を聞かせてくれると言うのも興味深い事実です。
 そして、そう言う人の演奏でこの8番を聞くと、決してこの曲が「小粋でしゃれた交響曲」などではなく、疑いもなく後期のベートーベンを代表する堂々たるシンフォニーであることに気づかせてくれます。

残念な話


昔の指揮者というのは「何でもかんでも振らせていただきます!」という万能タイプというか、便利屋タイプというか、そういう人はほとんどいませんでした。
その中でも、クナッパーツブッシュやフルトヴェングラーはとりわけレパートリーが狭い人でした。クナなどは、ワーグナーとブルックナー、さらにベートーベンとブラームスあたりで「終わり!」みたいな感じです。もちろん、バッハやハイドンなどにも優れた演奏は残していますが、それらはあくまでも片手間の「手すさび」みたいなもので、彼の興味はほとんど最初の二人、ワーグナーとブルックナーだけに集中していたように見えます。
フルヴェンはそれと比べればもう少しはましですが、それでも「限られた作曲家の限られた作品」しか取り上げませんでした。フルトヴェングラーの棒になる演奏をたくさん聴きたいという私のような人間にとっては、「限られた作曲家」しか取り上げなかったというのは少しは我慢はできるのですが(;^_^A、「限られた作品」しか取り上げなかったというのが実に困った(?)話なのです。
例えば、彼にとっては最も中心的なレパートリーであったはずのベートーベンの交響曲でさえ、2番と8番に関してはあまり取り上げることはなかったのです。
おかげで、2番に関しては、この貧弱な録音が巨匠が残した唯一の録音ということになってしまっているのです。8番に関しても、世間一般に広く流通しているのは録音状況があまり芳しくないストックホルム盤です。ただし、8番に関しては、ザルツブルグ音楽祭でのライブ(1954. 8.30)やベルリンフィルとのライブ(1953. 4.14)などがその後に発掘されて、いささか状況は好転したのですが、2番に関しては状況は絶望的です。

実に残念な話ではありますが、「あと2番と8番を録音すれば「全集」として完成するから何とか頑張ろう!」などというような発想はLPが広く普及してからの時代のものなのでしょう。
貧弱なものであっても、一つは残っていたことに感謝すべきなのかもしれません。